(財)報農会は、幅広い事業活動を通して、植物防疫に関する人材の育成や学術・技術の研究支援、
功績者の表彰、交流の場の提供などを実施している財団法人です。



ろまん報農


第33号抜粋
(発行:平成18年12月15日)

目      次
刈屋前理事長を偲んで 塩澤 宏康
齋藤常務理事の逝去を悼む 岩田 俊一
第11回IUPAC農薬化学国際会議報告 佐々木 満
第21回報農シンポジウム講演課題抄録 河野 義明他
編集後記 塩澤 宏康
会員消息 編集局

訃 報

報農会前理事長の刈屋明氏が、脳内出血のため平成18年8月4日に逝去されました。
64歳の若さでした。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

刈屋前理事長を偲んで
塩澤 宏康

倒れられる前日も普段と変わらぬ様子でお仕事をされていました。まさか突然のお別れになろうとは思いませんでした。ご本人といたしましても理事長就任後わずか1年余りでしたので、充分やり遂げることができず、さぞかし無念だったことでしょう。故人は報農会の育英生でもありましたので、報農会の活動への関心は強く、報農会が末永く社会に貢献できることを願っておられました。理事長の在籍半ばにして天国へ旅立たれましたことは、事務局としましても誠に残念です。刈屋理事長は、凡帳面かつ厳格な方で、全てに正確さを求められていたようです。日頃の会話においてすら、不確かなことがあるとインターネットから正確な情報を得て話されていました。2年ほど前に奥様を亡くされてからは、休日を利用した長野南信方面への渓流釣りの回数が富に増えた様に思います。また、寂しさを紛らわせておられたのか、自宅で深酒をされることも多かったようです。今は天国で奥様と、心待ちにされていたこの12月誕生予定の内孫について語り合っておられることでしょう。心からご冥福をお祈りし、お悔やみの言葉とさせていただきます。なお、故刈屋前理事長の残任期間(平成19518日まで)の後任として、日本植物防疫協会理事長の岩本 毅氏が報農会の理事長に就任されましたことをご報告申し上げます。(塩滞宏康)


齋藤常務理事の逝去を悼む
岩田 俊一
 報農会元常務理事斎藤志氏には去る平成18621日逝去された。12年前から体調が思わしくないとは伺っていたが、ご母堂様が百歳を越すご長命だったのでまさかと思っていたのに、惜しまれる。最後は急性腎不全とのことで、享年83歳であった。故斎藤氏は(社)日本植物防疫協会を退職されて、昭和60年(198561日に報農会常務理事に就任され、平成21231日に退任されるまで、約4年半の在任であった。その間明日山理事長のもと報農会並びに報農後援会に尽くされた功績は実に大きい。それらのうち貢献度の特に大きかった事項を挙げてみたい。先ず、「報農会寄付行為」の全面的な見直しが行われ、昭和61723日にその全面的改正が認可され、それによって事業内容範囲が拡大された。その改正に合わせて昭和61年度に植物防疫に対する功労者の表彰事業が開始され、またその年から植物防疫に関するシンポジウム開催が始められた。両者とも回を重ねて平成18年度は第21回目に当たる。シンポジウムは“植物防疫ハイビジョン”と称し、報農後援会が全面的に協力して実行されているものである。この報農後援会は報農会の育英資金受給者を会員とする報農同窓会が従来からあって、最初はこの同窓会の協力でシンポジウムは企画運営されていたのであったが、報農会の事業拡大に合わせて同窓会組織も拡大し、育英会員のほかに特別会員制も設けて、平成元年に名称も報農後援会と替えた。故斎藤氏は報農後援会の事務局も担当し、当時会長であった今は亡き本間保男氏に協力して組織・財政の強化・拡大を図って昭和6163年には同窓会員等有志からの募金も行い、昭和63年にその一部で「報農会」旗を作製して報農会に贈った。また会報は「ろまん報農」というユニークな名が付けられて定期刊行されることになった。平成2年は報農会創立30周年に当たるということで、927日に家の光会館で創立30年記念式典が挙行された。その際報農会に対し農水省農産園芸局長より感謝状が贈られた。
 このように故斎藤氏の常務理事在任中、報農会並びに報農後援会の事業発展には顕著な
ものがあったか、それらは故斎藤氏の発想に負うところも大きかったと理解している。このような功績に対し報農後援会は平成7年度の功労者表彰式に際して、故斎藤氏と時の事務職員であった内堀栄子氏に会長本間保男名の感謝状を贈呈して謝意を表した。
 
故人が(社)日本植物防疫協会に職を得たのは昭和2811月で、以後専ら総務関係の仕事を担当して総務部長で退職されるまで30余年、植物防疫発展の真直中で協会事業の発展拡大に尽くされた功績も大きい。もう一つ、故人は知る人ぞ知るという詩人でもあり、現代詩の世界では一時枢要な位置に居られたこともあった。故人は青春時代を朝鮮で過し、終戦で内地に引き揚げたという経歴を持つ。戦時過酷な朝鮮での生活・学生時代が頭の芯まで染み入っているという感じの詩も多く、韓国の詩界では高い評価を受けていると聞いた。平成16年に刊行された最後の詩集まで、詩集は8冊を数え、その他詩論や散文集も多い
 
私ことになるが、二人で酒を酌み合うと文化や社会などの問題から、小さいことでは寮歌祭の話など、随分幅広い話題に浸ったものであった。一番の友を失ったような気持ちである。故人の常務理事時代、平成元年秋の報農会或いは25月の日植防どちらかのレセプションの時だったと思うが、故人からこんな話があった。“植物防疫関係者の自費出版を報農会が委託を受けて世話をすることをこれからやりたい。「岩田さん初めにやりませんか」”と。当時退職した植物防疫畑の人が自分史を出版されるという例がかなりあったので、それの委託を受けて報農会の事業にしようという発想であった。「私よりまだ先輩が居られるでしょう」と答えておいたが、自分史の出版委託にはその後手を挙げた人はない。残念であるという気持ちがあって私は5年ほど前に、自分史ではないが自家の歴史に関する代物を報農会受託出版という形で一書とし、故人の趣旨に答えることにした。
 故斎藤意氏はこよなく酒を愛し、私もよく杯を合わせながら故人と語らう時間が楽しかった。これからの一人酒では故人を思い出すことが多いだろうと思う。心よりご冥福をお
祈りする。

第11回IUPAC農薬化学国際会議報告
佐々木 満*

平成188611日の6日間、第11IUPAC農薬化学国際会議が神戸国際会議場と神戸ポートピアホテルで開催された。この会議は4年に1度開かれる農薬化学に関する世界会議で1982年に京都で第5回会議が開催されており、今回24年ぶりの日本開催となった。開催直前の集計で参加登録者は世界66カ国から1,161名を数えていたが、会議後の集計では52カ国から1,221名となり、同伴者、スポット参加者、商業展示とランチョン・イブニングセミナー関係者、日本語による消費者向けのオープンセミナー参加者、運営スタッフを加えた参加者・関係者の総数は2,000名を越えた。開会式に引き続き、DrJCCollinsの基調講演「作物保護の化学・未来への挑戦」で幕を開けた本会議は、毎朝1題、4題の特別講演のほか、20セッション200題の講演に加えて、約600題のポスター発表が行われた。ポスター発表の中から約80題が選抜され15のセレクテットポスターワークショップに分かれて口頭による発表も行われた。また、従来この国際会議では実施されなかったランチョン・イブニングセミナーが28件も開催された。注目を集めたセミナーでは前日午後には入場整理券(弁当引換券)がなくなり、その他のセミナーでも開始前までにはほとんどがなくなった。弁当を食べ終えて席を立つ参加者は皆無に近く、各セミナー会場は講演会場と同様に活況を呈した。ランチョン・イブニングセミナーには農薬関連企業はもとより、IUPACFAOUSDA,日本農薬学会、中国農薬学会、韓国農薬学会からの協賛があった。
新しい試みとして、世界の主要な農薬企業の研究所長が一堂に会しての討論会:リサーチダイレククーフォーラムが開催された。これには、BASF社、バイエル社、ダウ社、デュポン社、石原産業(株)、住友化学(株)およびシンジェンタ社からの参加があり、講演と討議がなされた。今年5月末に施行された残留農薬の「ポジティブリスト制度」に関する特別ワークショップや本会議ではこれまで議題として取り上げてこられなかったベクターコントロールに関してのワークショップも開催された。日本農薬学会が主催した残留農薬分析セミナーでも「ポジティブリスト制度」が取り上げられ分析精度などについて活発な議論がなされた。また、食の安全と農薬の安全性や必要性の啓蒙を目的とした農薬工業会主催の「北野大さんの、ちゃんと知らなきゃ!!農薬ゼミ」がオープンセミナーとして会議期間中に開催され、消費者300名を含め、400名が参加した。会議参加者には毎朝、会議場内外とインフォメーションセンターで、前日の行事の要約や会議に関連した諸々の情報が掲載された「神戸ガゼット」が計5号配布された。このガゼットについては後日追加発行された6号を含め、日本農薬学会ホームページ:http://wwwsoc.nii. ac.jp/pssj2/で閲覧できる。ポスター展示は講演会場となった国際会議場に隣接した神戸ポートピアホテルの大輪田で行われた。会議4日間、ポスターの張替無しとし、ポスター発表者には会議3日間のうちの1日の1時半から1時間のポスター前での質疑応答が義務付けられていて、参加者への便宜が払われていた。商業展示ブースは国際会議場の講演会場付近とポスター会場の中央に合計48件設けられていた。農薬関連企業、コントラクトラボ、機器分析メーカー、試薬メーカーや書籍の出展があった。また、IUPACACS、日本農薬学会など関連学術団体の参加もあり、過去のIUPAC会議では見られなかったほどの盛況さであった。閉会式ではポスター賞12件の贈呈が行われた。金賞の3件にはIUPACポスター賞も授与された。また、本会議の準備から実施にいたるまで大きな役割を果たしてきた上山功夫、佐々木満の両氏と日本農薬学会(会長:梅津憲治氏)にIUPACから感謝状が授与された。その後、梅津氏が本会議の実施運営に携わったスタッフ全員の名前を呼びあげステージに招いて謝意を表すとともに、全参加者とともに会議の成功の喜びを分かち合い、5日間の会議の幕を閉じた。なお、6日目にはエクスカーションが行われ、日本農薬研究所、島津製作所、スプリングエイトがある理研播磨研究所などを見学した。次回12回会議は20107月にメルボルンで開催が予定されている。(*神戸大学大学院自然科学研究科)


会 員 消 息

○ 叙勲に輝く育英会員

  道家紀志氏(名大名誉教授)には、平成18年度秋の叙勲において紫綬褒章を受章され、
  11月8日伝達式が行われました。 心からお慶び申し上げます。

○ 新入会員

特別会員

神田 昭夫氏

○ 訃報

特別会員

齋藤 怘氏 (平成18年6月21日逝去)

育英会員 刈屋 明氏 (平成18年8月4日逝去)
特別会員 土居 養二氏 (平成18年8月22日逝去)
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

編集後記
塩澤宏康

日本中「いじめ」が問題となっているようですが、今に始まったことではなく50年前の我々が小・中学生時代にももっと醜いと思われるいじめが存在していました。大人の世界においても職場や集団生活の中で妬みが講じた「いびり、いやがらせ」などが堂々とまかり通っているのが現実です。いじめの対象になった者が、自分に対する僻みと思って世を傍み命を絶つまでに至らぬよう、逆境に負けない強い精神力を持った人間に育って行くことが必要であると感じます。親が常に子供を見守り、子供のささいな変化も見逃すことのないように、また日頃から何でも話し合える親子関係を築いておくことも大切ではないかと思う今日この頃です。
ところで、今年の報農会のシンポジウムでは、特別講演として独立行政法人農薬検査所理事長の山口 勇氏に「植物病害の制御について」の講演を頂き、大変有意義なものとなりました。また、実行委員として21年もの間、シンポジウムのテーマの選択から当日の運営に至るまでご尽力頂いた会員の方々には心から謝意を表します。今後とも報農会の一大事業でありますシンポジウムを永く続けていくため、会員の皆様の更なるお力添えをお願い申し上げます。
今号には、8月に神戸で開催されたIUPACの今回の事務局長であります神戸大学教授の佐々木氏から報告を兼ね寄稿頂きましたので、この書面を借りて御礼申し上げます。会員通信である「ろまん報農」の発行も末永く継続して行きたいと思いますので、会員の皆様の特段のご協力をお願い致します。新年を迎えるにあたり、来年も良き年でありますようお祈り申し上げます。


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